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裏千家

■ [今日庵] 裏千家 ■

『裏千家十代/認徳斎柏叟宗室』商品一覧はコチラ

  • 十一代 玄々斎 精中宗室
  • [読み] げんげんさい・せいちゅうそうしつ

  • [幼名] 千代松・栄五郎 [名] 玄室・宗室 [号] 不忘・虚白斎・寒雲・玄々斎・精中 [歌名] 長雲
  • [生没年] 文化七年(1810年) ― 明治十年(1877年) 七月十一日
  • [享 年] 六十八歳

══════════════ 目 次 ══════════════ ▼出自   ▼足跡   ▼家族   ▼号   ▼点前   ▼茶室   ▼御道具   ▼用語解説 ═══════════════════════════════


玄々斎精中宗室_花押



自 ◆



▼ 出自 ▼
『三河奥殿藩四代藩主/松平(縫殿頭)乗友(1760-1824)』の子
『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』の婿養子
『[養母]松室宗江(生没享年不詳)』の婿養子

▼ 兄弟 ▼
『[兄]三河奥殿藩六代藩主/松平乗羨(1791-1827)』の弟
『[次男]尾張藩家老/渡辺半蔵家十代当主/渡辺又日庵(1792-1871)』の弟

▼ 室 ▼
『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』の長女『[妻]照(-1845)』の夫
『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』の次女『[後妻]万地(生没享年不詳)』の夫

▼ 子 ▼
『[長男]一如斎玄室(1846-1862)』の父
『[長女]千猶鹿子(1851-1916)』の父
『[養子]裏千家十二代/又玅斎直叟玄室(1852-1917)』の養父




▼ 茶道 ▼
『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』
『[養母]松室宗江(生没享年不詳)』
『[茶人]狩野家二代/狩野宗朴(1799-1846)』

▼ 参禅 ▼
『大徳寺四百三十五世/大綱宗彦(1772-1860)』




▼ 門下 ▼
『尾張徳川家十二代/徳川斉荘(知止斎)(1810-1845)』
『岡山藩池田家家老/伊木三猿斎(1818-1886)』
『三卿田安家五代/田安慶頼(1828-1876)』
『[今日庵名誉教授]名古屋清寿院住持/村瀬玄中(1845-1918)』
『[裏千家]前田瑞雪(1833-1913)』
『[茶道家]辻宗範(1758-1840)』
『[茶人]狩野家三代/狩野宗朴(1833-1908)』
『[茶人]深津宗味(生没享年不詳)』
『町田宗芳(生没享年不詳)』
『内山宗慎(生没享年不詳)』
『中田宗閑(生没享年不詳)』
『鈴木微玄斎(生没享年不詳)』



入方

▼ 出入方 ▼
『[千家十職]樂家九代/樂了入(1756-1834)』
『[千家十職]樂家十代/樂旦入(1795-1854)』
『[千家十職]樂家十一代/樂慶入(1795-1854)』
『[千家十職]永楽家十代/永楽了全(1770-1841)』
『[千家十職]永楽家十一代/永楽保全(1795-1854)』
『[千家十職]永楽家十二代/永楽和全(1823-1896)』
『[千家十職]中村家六代/中村宗哲(1792-1839)』
『[千家十職]中村家七代/中村宗哲(1798-1846)』
『[千家十職]中村家八代/中村宗哲(1828-1884)』
『[千家十職]大西家十代/大西淨雪(1777-1852)』
『[千家十職]大西家十一代/大西淨寿(1808-1875)』
『[大樋焼]大樋家五代/大樋長左衛門(1799-1856)』
『[釜師]奥村了保(生没享年不詳)』

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跡 ◆



▼ 事績 ▼
玄々斎精中宗室_商品_曙棗 文化七年(1810年)、大名である『[父]三河奥殿藩四代藩主/松平(縫殿頭)乗友(1760-1824)』の子として生まれる。
(※『[父]三河奥殿藩四代藩主/松平(縫殿頭)乗友(1760-1824)』にはたくさんの子がいたため何番目の子であったかは不明。)

『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』には子が無かったため十歳で【裏千家】に養子として迎えられる事となる。

十七歳になった文政九年(1826年)、養父である『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』が五十七歳で他界。

その後は『[養母]松室宗江(生没享年不詳)』や門弟『[茶人]狩野家二代/狩野宗朴(1799-1846)』などが後見となり修業に励み、成人の折『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』の長女『[妻]照(-1845)』を娶り正式に【宗室】を襲名、【裏千家十一代家元】を継承。

しかし弘化元年(1845)、『[妻]照(-1845)』が三十六歳で早世、その後『[妻]照(-1845)』の妹であり『[養父]裏千家十代/認徳斎柏叟宗室(1770-1826)』の次女である『[後妻]万地(生没享年不詳)』と再婚。

特に【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】は『三河奥殿藩主/松平家』の出身のため『尾張/徳川家』に出仕をゆるされ、大名にも知己が多かった。

玄々斎精中宗室_商品_葉蓋水指 武家出身の【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】が【裏千家】を継いだため【裏千家】は大きな変革を迎える事となる。

【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】は裏千家における既存の作法に手を加え、また【立礼点前】をはじめ【茶箱点】【大炉の扱い】【和巾点】などの新しい点前も加え、はっきりとした形において表千家とは異なることを示した。

この出来事が現在の表千家と裏千家の違いを作ったと言われています。

明治維新を迎える頃には各大名家の後ろ盾を失い、政府からは茶道が遊芸と同じ扱いを受けるなど屈辱の時を過ごすが最晩年を迎える頃には茶の湯が徐々に普及していくこととなる。



▼ 建白書(茶道の原意) ▼
明治五年(1872)には茶道界を代表し【建白書(茶道の原意)】を時の政府に提出し、茶道が遊芸でないことをあきらかにし、道としての茶道を認めさせている。

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族 ◆



▼ 室 ▼
『[妻]照(-1845)』は『玄華斎』・『華山宗柏』と号し茶の湯をよくしたが、三十六歳で没したためその後『[妻]照(-1846)』の妹である『[後妻]万地(生没享年不詳)』と再婚。

三十七歳の弘化三年(1846)の六月十日『[後妻]万地(生没享年不詳)』との間に『[長男]一如斎玄室(1846-1862)』を儲ける。



▼ [長男]一如斎玄室(1846-1862) ▼
後妻である『[後妻]万地(生没享年不詳)』との間に子『[長男]一如斎玄室(1846-1862)』があったが十七歳で他界。

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 ◆



▼ 号 ▼
【不忘】【虚白斎】【寒雲】などの号があり、五十歳に際し得度して『九条尚忠公(1798-1871)』公から【精中】と与えられた。

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前 ◆



▼ 茶箱点前 ▼
【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】は大名の子として「宮家」「公家」「武家」「町人」など交流は多岐にわたり、日本全国を旅し交流を深めると共に旅路、旅先でも簡易に茶を楽しむために「茶箱点」の点前を考案している。

また【茶箱点】をはじめ【大炉の扱い】【和巾点】など新しい点前も考案している。

▼ 立礼点前 ▼
玄々斎精中宗室_商品_点茶盤 明治五年(1872)、日本が初めて公式参加『ウィーン万国博覧会』にて来場の外国人をもてなすために【立礼式の点前】を考案し、新しい世の中の動きに即応し、裏千家の基礎を築いたのである。



現在においてもさまざまな会場において立礼式の会が催されており外国人をはじめ茶道に触れる事の少ない一般の方々にも気軽に茶道に触れられる場として親しまれている。

【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】の考案された立礼点前は近代茶道にとって多くの人に茶道を身近に感じさせたということでは一番大きな変革であったのかもしれない。

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室 ◆



▼ 茶室 ▼
天保十年(1839年)、【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】三十歳の頃にとりおこなわれた「利休二百五十回忌」を機に【裏千家】の【表門】【玄関】【咄々斎】【大炉の間】【抛筌斎】【精々軒】などを増築。

また日常生活の場として【梅糸庵】を建て、【利休御祖堂】を『裏千家四代/臘月庵仙叟宗室(1622-1697)』時代の古図によって修復。

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道具 ◆


道具

▼ 御好道具 ▼
玄々斎精中宗室_商品_春秋茶箱 【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】の御好茶道具には『千家開祖/抛筌斎千宗易(利休)(1522-1591)』の流れを好んだ侘びたものから武家から発想される豪華で華やかなものそして歴代の御家元が御好になられた茶道具を【裏千家十一代/玄々斎精中宗室(1810-1877)】による手を加え、再好としたものなど多種多様な御好茶道具が数多くある。

御好茶道具は多く、「神酒筒花入」「鶴首籠」「田子浦香合」「筆柿香合」「月日貝香合」「歌棗」「羽衣棗」「徳風棗」「兎耳水指」「浦千鳥水指」などがある。

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語解説 ◆


■ 用語解説 ■
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