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■ [竹細工/柄杓師] 黒田家 ■

『黒田家初代/黒田正玄』商品一覧はコチラ

  • 初代 黒田 正玄
  • [名] 七郎左衛門・正玄 [俗称] 日参正玄
  • [生没年] 天正六年(1578年) ― 承応二年(1653年)
  • [享 年] 七十六歳

══════════════ 目 次 ══════════════ ▼出自   ▼足跡   ▼家族   ▼暖簾   ▼用語解説 ═══════════════════════════════


初代/正玄_花押



自 ◆



▼ 出自 ▼
[越前国/黒田郡]の出身

▼ 子 ▼
『[長男]黒田正悦(生没年不詳)』の父
『[次男]黒田正円(生没年不詳)』の父
『[三男]黒田家二代/黒田正玄(1625-1687)』の父

▼ 孫 ▼
『[孫]黒田家三代/黒田正玄(1656-1717))』の祖父



▼ 茶道 ▼
『[大名/茶人]古田(織部)重然(1544-1615)』
『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』
『[茶人]大森漸斎(1625-1706)』

▼ 竹細工/柄杓 ▼
『[天下一/柄杓師]一阿弥(生没享年不詳)』
『[柄杓師]黒田庄兵衛(生没享年不詳)』

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跡 ◆



▼ 事績 ▼
[越前国/黒田郡]の生れの武士で名を【七郎左衛門】。

当地の当主である『[大名]丹羽長重(1571-1637)』に仕えるが慶長五年(1600年)『関ヶ原の合戦』で西軍に与し一時改易、浪人になったことにともな【七郎左衛門】も二十三歳の頃『正玄寺』で剃髪して【正玄】と改名し[江州(滋賀県大津)]に移り住み【竹細工】の製造を始める。

―[備考]
当時『[関白/太閤]豊臣秀吉(1536-1598)』に柄杓を納めて『天下一』と称されていた『[天下一/柄杓師]一阿弥(生没享年不詳)』に師事したといわれている。
※『[天下一/柄杓師]一阿弥(生没享年不詳)』=[京都/五条醒ヶ井]の水守。

その後【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】の【竹細工】が評判を呼び京都に転居。

【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】は『千家開祖/抛筌斎千宗易(利休)(1522-1591)』の弟子『[大名/茶人]古田(織部)重然(1544-1615)』に茶を学んだ武家茶人であり、伏見奉行でもある『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』より「茶の湯」を学び、茶杓づくりの手腕も認められたという。

■ 日参正玄 ■
『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』の[京都/伏見]にある屋敷の元へ寒暑飴雪をいとわず毎日通い「茶の湯」を学ぶ熱心な姿を当時の人々からは【日参の正玄】と呼ばれたという。

『[茶人]草間直方(1753-1831)』による『茶器名物図彙』の「遠州流茶家」には

■ 茶器名物図彙 ■
【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】は『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』の直弟子であり、
そのすべてを【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】『[長男]黒田正悦(生没年不詳)』
『[次男]黒田正円(生没年不詳)』に直伝したことが記されている

『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』は【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】に大名への仕官も薦めたが、それは【黒田家初代/黒田正玄(1578-1653)】が固辞。

【柄杓師】としての地位を確立した後、『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』と繋がりの深い『大徳寺百五十六世/江月宗玩(1574-1643)』の元に参禅していたこともあり『千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1658)』を紹介される。

その後は『千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1658)』の知遇を得、『大徳寺百五十六世/江月宗玩(1574-1643)』や『千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1658)』の柄杓を納めるようになる。

隠居後は[京都/愛宕郡白川村(現・京都市左京区北白川)]の[瓜生山]の麓に住み、近くに『庵(現詩仙堂)』を結び隠棲していた「漢詩人」・「書家」として名高い『煎茶の祖』と呼ばれる『[文人]石川丈山(1583-1672)』と親交を結ぶ。

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族 ◆



▼ 長男 ▼
『[長男]黒田正悦(生没年不詳)』は『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』の推薦で「広島藩士」となり、一時『安芸/広島藩主/浅野家』に仕えた『[文人]石川丈山(1583-1672)』の紹介で『浅野家』に茶堂として仕官。



▼ 次男 ▼
『[次男]黒田正円(生没年不詳)』も『遠州流創始者/小堀遠州(1579-1647)』の推薦で『近江/膳所藩主/本多家』》に仕官する、晩年に「官」を辞して[京都/油小路通二条]にて「茶の湯指南」となる。



▼ 三男 ▼
三男の『宗正(1625-1687)』は了応二年(1653年)の二十七歳の時に『黒田家二代/黒田正玄』を継承。

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簾 ◆



▼ 暖簾 ▼
現在【黒田家】に掛かっている暖簾の字(下記)は「漢詩人」・「書家」として名高く『煎茶の祖』と呼ばれる『[文人]石川丈山(1583-1672)』の筆によるものと伝えられる。

■ 暖簾 ■
「大津 茶ひしゃく屋 正玄」

また『[文人]石川丈山(1583-1672)』の住んでいた『詩仙堂』には『黒田家八代/黒田正玄(1809-1869)』の寄贈した「石灯籠」が残されている。

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語解説 ◆


■ 用語解説 ■
=石山丈山=
もとは武士で慶長二十年(1615年)「大坂夏の陣」後、一時『浅野家』へ仕官するが致仕し[京都/愛宕郡白川村(現・京都市左京区北白川)]に隠棲し【丈山】と号す。
江戸時代における漢詩の代表的人物で書道、茶道、儒学にも精通し、幕末の『煎茶綺言』には「煎茶家系譜」の初代に【丈山】が記されており【煎茶の祖】とも呼ばれる。
==


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